COLUMNS

COLUMNS vol.18
ギフトを「受け取る」という品格について

――不器用な想いに、どう応えるか

受け取ったあと、どう応えるかを考えてしまう。

受け取った瞬間は、素直にうれしい。
けれど、その余韻が落ち着く前に、
次は「どう返せばいいだろう」と考え始めてしまう。

すぐに返すべきか。
同じくらいのものがいいのか。
何もしないのは、失礼にあたらないか。

相手の気持ちを考えるほど、
正解が分からなくなる。
うれしいはずなのに、
少しだけ立ち止まってしまう。

返すことと、応えることは、同じではない。

受け取った気持ちに対して、
必ずしも同じ形で返さなくてもいい。
大きさを揃えることや、
急いで答えを出すことが、
誠実さとは限らないと思う。

「返す」という言葉には、
どこか義務のような響きがある。
けれど「応える」は、
もう少し時間を含んでいる。

すぐに形にできなくても、
その気持ちを軽く扱わないこと。
受け取った想いを、
きちんと受け止める姿勢。

受け取る、という行為にも、
選び方がある。
その選び方にこそ、
大人としての品格が表れるのかもしれない。

続いていく時間の中で、応える。

応えるために、
何か特別なことをしなくてもいい。
いつもの時間の中で、
その気持ちを扱い続けることも、
ひとつの応え方だと思う。

手を洗う時間。
一日の区切り。
習慣の中に、そっと置いておく。

塩石けんのラベンダーは、
気持ちを落ち着かせるための香りとして。
フランキンセンスは、
静かな敬意を残すための香りとして。

どちらも主張しすぎない。
使われて、消えていく。
けれど、その時間だけは、確かに残る。

恋人に限らず、
友人や家族、親とのあいだでも。
受け取った気持ちを、
生活の中で扱い直す。
そんな応え方もあるのだと思う。

olio narréから、あなた様へ

どう返すかよりも、
どう受け取ったか。

その姿勢が、
あなた様と誰かとの関係を、
静かにつくっていくのかもしれません。



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