COLUMNS

COLUMNS vol.23
感謝は、なぜかタイミングを与えられないとできない

――言えるはずの言葉が、今日でないと言えない

「今日だから」と思うだけで、言葉は少しだけ外に出やすくなる。

普段は言わない。
言えないわけではないのに、出てこない。
何もない日にそれを口にするには、少しだけ理由が足りない。

ただ、「今日ならいい」と思えるだけで、言葉が動く。

何もない日に言うには、少しだけ重い言葉がある。

短いはずなのに、どこか引っかかる。
その一言で、関係が少しだけはっきりしてしまうような感覚がある。

だから、普段は出さない。
言葉にしないまま、過ぎていく。

大人になったはずなのに、言えない言葉が残る。

知っていることは増えている。

それでも、変わらないものがある。
むしろ、前より少しだけ言いにくくなっている。

朝、何も考えずに手に取るものがある。

理由を考えない行為は、どこか軽い。
ただそこにあって、そのまま使われる。

茶ノ実油も、それに近い。

選ぶ理由がいらないものは、
そのまま外に出てくる。

人は感情ではなく、「言ってもいい理由」に従う。

それがあるときだけ、言葉になる。
それがないときは、内側に残る。

olio narréから、あなた様へ

言葉にしなかったものが、消えているわけではありません。
ただ、外に出る理由がなかっただけかもしれません。

言えなかった「ありがとう」が、
そのまま残っていることもある。

今日でなくてもいいはずの言葉が、
なぜか今日なら言える。

その不自然さの中に、
人が言葉を扱うかたちが、そのまま残っているように思います。



logo