
2026.04.14

普段は言わない。
言えないわけではないのに、出てこない。
何もない日にそれを口にするには、少しだけ理由が足りない。
ただ、「今日ならいい」と思えるだけで、言葉が動く。

短いはずなのに、どこか引っかかる。
その一言で、関係が少しだけはっきりしてしまうような感覚がある。
だから、普段は出さない。
言葉にしないまま、過ぎていく。

知っていることは増えている。
それでも、変わらないものがある。
むしろ、前より少しだけ言いにくくなっている。
朝、何も考えずに手に取るものがある。
理由を考えない行為は、どこか軽い。
ただそこにあって、そのまま使われる。
茶ノ実油も、それに近い。
選ぶ理由がいらないものは、
そのまま外に出てくる。
人は感情ではなく、「言ってもいい理由」に従う。
それがあるときだけ、言葉になる。
それがないときは、内側に残る。

言葉にしなかったものが、消えているわけではありません。
ただ、外に出る理由がなかっただけかもしれません。
言えなかった「ありがとう」が、
そのまま残っていることもある。
今日でなくてもいいはずの言葉が、
なぜか今日なら言える。
その不自然さの中に、
人が言葉を扱うかたちが、そのまま残っているように思います。